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名古屋地方裁判所 昭和23年(ヨ)97号 判決

申請人

神谷千城

外六名

被申請人

豊田自働織機労働組合

当裁判所は口頭弁論を経て次の通り判決する。

主文

本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は申請人等の負担とする。

申請の趣旨

申請代理人は被申請人豊田自働織機労働組合(以下単に組合と略称する)が其組合員たる申請人等に対して昭和二十三年三月二十八日為した組合員除名処分は追て申請人等より被申請人組合に対して提起する右組合員除名処分無効確認訴訟の本案判決確定に至る迄其効力を停止するとの裁判を求める。

事実

(一)、被申請人組合は申請外株式会社豊田自働織機製作所(以下単に会社と略称する)の従業員を以て組織する労働組合であり申請人等は右会社の従業員であり且被申請人組合の組合員である。

(二)、被申請人組合は右申請外会社に対して給与改正の要求をするため昭和二十三年二月中旬から給与改正案の作成準備をなし、其成案を得たので此の案を同年三月十日、十一日、十三日の三日間に亘り被申請人組合の機関である代議員会で審議することとなつた。此代議員会で

(イ)  従業員の賃銀の基礎となる生活費中に占める飲食費の百分率を六十「パーセント」にするか七十「パーセント」にするか

(ロ)  従業員の給料を月給制にするか時給制にするか

(ハ)  「スライド」制を採るか否か

という点等に付き議論沸騰したが採決の結果(イ)の点に就ては六十「パーセント」賛成二名、中立(組合員の意見を聞いて決定せよとの意見)九名、七十「パーセント」賛成二十四名で七十「パーセント」案が採決され、(ロ)の点に付ては全員時給制案が採決され、(ハ)の点に付ては「スライド」制賛成十二名、不賛成二十八名で「スライド」制は採決されなかつた。更に給与改正案全体に付て賛否の決をとつたところ賛成三十四名反対六名で承認されて同月十三日午後三時半から及び同月十五日午後四時から被申請人組合支部会に附議されることとなつたのである。

(三)、申請人等は申請人川澄鐵夫を除き日本共産党員であつて日本共産党自働織機細胞に属しており被申請人組合に於ては其規約を守り従業員の利益擁護のため闘争を続けて来たのであり又右細胞の機関紙として「烽火」が発刊されているのであるが申請人等は前記給与改正案が結局従業員の利益擁護にならないものと考へ申請人等が代議員であるので前記給与改正案の代議員会における審議に際しても飲食費を六十「パーセント」として賃銀の算出をなすこと、全従業員の給料は月給制にすること、賃金は「スライド」制にすること等を要求したが其要求は代議員会で否決されたのである。

そこで申請人多田要次は右要求が組合員の正当な要求であることを主張し一般組合員の賛同を得るために前記機関紙「烽火」第十一号に於て右給与改正案の批判記事を掲載し右「烽火」第十一号は同月十五日の昼の休憩時間に組合員に配布されたのである。

(四)然るところ右「烽火」第十一号掲載文中「改正案には「スライド」ということが全然考慮されていないのである。考慮していないといふ事は賃上を今後やらないといふことであり賃金「ストップ」を組合が実施するといふことに外ならない」といふ個所及び「生活給のインチキ」なる字句が代議員会で問題となつたので申請人等の所属細胞は誤解を受ける点もあり又表現の方法も不適切な点があるので「烽火」第十二号(同月二十日発行)第十三号(同月二十一日発行)で右個所を率直に取消したのである。

然るに代議員会は同月二十八日申請人等が右「烽火」第十一号の編集に関係あるものとして其行動は被申請人組合の統制を紊し組合の決議に反し、組合の団結を乱すものとして組合規約第三十七条第一、二、四号に該当する故に申請人等の除名を決議し同月三十日被申請人組合は申請人等に口頭で除名を通告したのである。

(五)、併し乍ら、右除名処分は次の如き理由により明かに不当不法であつて、当然無効なものである。

(イ)  給与改正案が同年三月十日、十一日、十三日の代議員会で審議可決されたとしても此の案が被申請人組合の正式な案となるためには支部会や総会の承認を受けなければならない。何故とならば給与改正案の如き重大な事案は民主主義の原則上全組合員の意思に問ふて之を決定するのが条理上当然のことであり労働組合運営の原則である。現に右可決案は三月十五日午後四時からの支部会の議に附せられたのである。支部会や総会の議決を経ない給与改正案は正式な被申請人組合の案とは言へない。申請人等の所属細胞の機関紙に此の案の批判が載せられたのは同月十五日午後四時以前である。正式決定される以前の案に対する批判が、又「烽火」第十一号記載程度の内容の批判が果して組合の統制を紊すものであらうか、組合の決議に反するものであろうか、何れも然らずと謂はざるを得ない。

(ロ)  憲法第二十一条では言論出版の自由が保障されている労働組合の機関の行為に対する組合員の批判が許されず批判をすれば除名処分を受けることとなればそれは専制独裁主義であつて、民主主義憲法下では許されないことであるから、憲法に違反した被申請人組合の申請人等に対して為した除名処分は当然無効である。

(ハ)  又右除名処分は「ポツダム」宣言第十条一九四六年十二月十八日極東委員会定例会議で発表された日本労働組合組織に関する十六原則の十一項に違反する無効のものである。

右の理由により被申請人組合が申請人等に対してなした除名処分は当然無効であるにも拘らず被申請人組合は申請外会社に対して解雇を要求しているので申請人等は離職の結果を来すから被申請人組合に対し除名処分の無効確認の訴を提起したが該訴訟の判決を得るまで放任するときは申請人等は回復することのできない損害を蒙るから其効力の停止を求むため已むを得ず本件仮処分申請に及ぶ次第であると陳述し、被申請人組合の主張事実に対し給与改正案は当時勤労部長たりし河橋弘個人が作成したもので其作成後勤労部長が先づ勤労部員等に説明して意見を求め茲に初めて勤労部案としての体裁を整へたものである。又、右賃金改正案に対し賛否を諮る支部会の出席者総数は不明であつて二千四百数十名は組合員の総数である。従来支部会の出席率は作業終了後に行はれるので悪いのを常としていたし同年三月十三日十五日両度の支部会も出席者数は少く特に大きな支部である機械、組立支部の如きは総員の三分の一以下の出席率であつた。又此の賃金改正案の採決は投票でやつたものではなくて挙手によつて行はれたものである。申請人多田は改正案に賛意を表したのではないが採決の時賛成者多数と認めたので機械支部としては賛成であると云ふ意見を被申請人組合に通達したに過ぎない。従つて反対や中立的態度をとる者の数は算へられなかつたといふ事情を考慮すれば被申請人主張の数字は誇大なものである。

次に同月二十五日の被申請人組合臨時総会に於て細胞全員を除名せよとの意見は出たが共同謀議者を除名せよとは誰も発言しなかつた。尚賃金改正案は従来の慣例では代議員会で可決されたものは支部会に諮られ投票又は採決の結果承認されて始めて効力を生ずるものとされていたのである。其他申請人主張事実に反する点は否認すると附陳した。(疏明省略)

被申請人代理人は主文第一項同旨の裁判を求め答辞として申請人等代理人主張の事実中(一)の事実は認む但申請人等は除名せられた後は組合員でない又昭和二十三年五月六日解雇せられたから同日以降は従業員でない(二)の事実は認む但賃金改正案を作成し始めたのは三月中で代議員会は三月九日、十日、十一日及十三日の四日間慎重審議を為し代議員会で絶対多数を以て可決せられた案につき各支部会の意見を徴したところ二千四百数十名中三十名の反対があつたのみで圧倒的多数を以て其支持を得た。殊に申請人多田及藤田両名は機械支部に属し前者は其支部長、後者は副支部長であつて三月十五日開かれた同支部会に於ては両名とも賃金改正案に賛意を表した。(三)の事実中申請人等(川澄を除く)が日本共産党員で日本共産党自働織機細胞に属していること及右細胞の機関紙として「烽火」が発刊されており、烽火第十一号に右給与改正案に関する記事が掲載され之を同月十五日組合員に配付されたことは認める。申請人堀内は賃金改正案を計画作成し飲食費の七〇%案にも賛成していたもので申請人等が被申請人組合の規約を守り従業員の利益擁護のため闘争を続け来たことは否認する。而して三月十四日附烽火第十一号は三月十五日正午頃(事実は同日午前十時頃なり)工場内に配布したものである。(四)の事実中「烽火」第十一号に其主張の如き記事があつたこと、其主張の如く除名せられたことは認む。

尚右十一号には会社の意図する処であるとの記事もあつた。(五)の事実は其理由がない。

抑々賃金改正案については組合規約(第二十六条第五号)に於ては代議員会の決議事項に属するのみならず従来の慣例よりするも代議員会限りに於て決せられ総会等に於て附議せられたことがない。今回の賃金改正案についても亦代議員会に於て決議し之が改正を正式に決定したが、可決案を各支部会に計りたるは被申請人組合の支部規定にもある如く、組合と組合員との密接なる連繋を保持するため組合よりの周知事項の末端徹底を図る目的として各支部の意見を徴の輿論の蒐集を為したに過ぎない。賃金改正案は代議員会の決議を以て有効に成立したものである。故に各支部会に計られる前と雖も烽火第十一号記載の事実は組合の決議に違反し統制を紊するものと謂はねばならぬ。従つて之と異る見地の下に立論せる申請人等の無効原因(一)は其理由がない。加之申請人等は烽火第十一号記載事実は代議員会の賃金改正案に対し単に批判を加へたに過ぎないと云ふが、其記載事項は批判に非ずして誣告である。インチキに非ざる賃金改正案をインチキ極まるそ誣告したり賃金のストツプを実施するものでないのに賃金ストツプを行ふものと論ずる如きは批判の範囲を逸脱した誣告に属するものであることは寔に明白である。憲法に於て保障する言論出版の自由は何を論ずるも何を記載するも自由であるがその論じたり記載したことにより他人に迷惑を及ぼし損害を加へたときは其責任を負ふべきものであることも亦議論の余地がない。これ民主主義、自由主義の根本原則である。従つて後述の如く申請人等の所為につき責任を追究し結局除名処分に附したことは毫も違憲でない。其主張に係る無効原因(二)も亦其理由がない。上記の如く故意に事実を歪曲曲解したることは申請人等の意図が賃金改正案の当否は問題でなく之により一般組合員を煽動し組合の撹乱を企てたことは一点疑のないところである。

被申請人組合監事原三十一は同十六日組合規約第二十条に基いて執行委員会に摘発した。執行委員会は之に付て同日午後委員会を開催した結果代議員会に提案せられ同月十七日午後代議員会を開催し慎重討議した結果申請人等も代議員として参加した。代議員会に於て全員一致を以て烽火第十一号は賃金改正案に対する代議員会決議事項とも相違している事実を確認し、此事実の正しきか否かを被申請人組合総会に附議し組合員の輿論に訴ふべきことを決議し同月二十五日午後零時三十分より同五時に至る迄被申請組合臨時総会を開催し慎重審議を尽した結果七十二「パーセント」の絶対多数を以て

一、現在の組合幹部の行つていることは間違つていない。

二、烽火第十一号の共同謀議者を除名する。除名理由は組合の統制を紊したもの、組合員の利益とならぬ二点とすること。

三、総会散会後直ちに職場に帰り各支部毎に除名するか否かの投票をすること。

の三事項を決議し、右総会終了後直ちに各支部毎に無記名投票の結果

有権者数 二四三六名ノ内

投票数 一九六八票

内訳 除名スル 一四一七票

除名シナイ 四八三票

無効 六八票となり結局申請人等七名除名と決定した。かくて三月二十七日代議員会を開催し採決の結果絶対多数を以て「烽火」第十一号の共同責任者として申請人等七名を指定し代議員及び組合員としての権利停止を決議し同月二十八日午前八時再び代議員会を開き再審議の結果一時権利を停止せられたる申請人等七名に対し改めて正式に除名を決定し、

同日午前十時再び組合臨時総会を開催し代議員会の除名決議を発表し総会の確認を得た結局除名理由は(イ)烽火第十一号に叙上の如き記事を掲載したのは代議員会の決議及事実を批判したものでなく、歪曲し捏造して伝へたものであり本組合の決議に違反したものであり組合の統制を紊したものである。(ロ)代議員会に於ける決議及事実を歪曲し又は捏造し烽火第十一号に掲載し工場内に散布した行為は明に組合の統制を紊したものであり組合の目的に違反したものである。(ハ)其他組合総会に於て提出された組合員の熱烈なる意見にして組合大衆によつて強烈に支持されたもので以上は組合規約第三十七条第一、二、四項(乙第一号証組合規約第三十七条本組合員にして左の各号の一に該当するものは代議員会の決議により役員の解職、除名又は組合員たるの権利を停止す。一、本組合の規約及決議に違反したもの。二 本組合の統制を紊したもの。三、其他本組合の目的に違反したもの)に該当するからである。次いで同月二十九日申請人等の除名を組合掲示板に発表して全組合員に通告し同月三十日被除名者たる申請人等に対し監事立会の下に執行委員長より除名の通告をなし右除名手続を完結した。

以上の如く被申請人組合の申請人等に対する除名手続は全く合法的民主的に行はれたものである。

而して右除名手続が被申請人組合の自主性に基き合法的民主的に行はれたる以上裁判所は其除名の理由の存否乃至は当否に付て関与すべからざるものである。

即ち労働組合にとつて最も肝要な事は、組合の自主性なる観念である。労働組合より其自主性を奪ひ又は之を妨害したときはもはや労働組合としての存在を失ひ其運営は遂に滅却停止せられることとなる。労働組合法第二条にも明文を掲げ「労働組合とは労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善其他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又は其聯合体を謂ふ」と規定し自主性は労働組合の根本理念たることを示している。極東委員会の指令による日本労働組合に対する十六原則第十項には「労働組合の形成は労働者自身による民主的な自己表明及び創意の過程でなければならぬ。…………」とあり又第十三項には自由なる労働組合の組織又は正当なる労働組合の活動を妨害し又は妨害するための措置をとつた日本政府の諸機関は廃止すべく又は労働組合に対するその従来の権限を取消すべきこと、警察其他の政府機関は労働者を「スパイ」し「ストライト」を破り又は正当なる組合活動を抑圧するを得ない」と規定し之亦労働組合の自主性を強調し労働組合の自主性に対しては政府其他の国家機関(国家機関中には裁判所をも包含する)と雖も絶対に侵害干渉すべからざることを明言している。殊に労働組合に於て最も自主性の顕著な内部的事柄たる組合員の構成即ち組合組織に付ては政府機関の関与干渉は許されない。

申請人等に対する除名は被申請人組合の自主性に基いて前述の通り合法的に行はれたるものであるから之に対して裁判所と雖も其自主性を尊重し其当否に付て関与すべからざるものであるが仮りに関与し得るものとせば被申請人組合の除名決議が各組合の民主的にして、自由なる自己表明によりなされたか否か即ち、被申請人組合の組合員除名に関する総意が合法的に発現せられたか否に付てのみ其当否を判断すべきものであり、被申請人組合の総意が何者にも犯さるることなく自由に発現せられた場合には申請人等の除名を決定した被申請組合の組合員の総意そのものが既に否定すべからざる除名の理由となるものと謂ふべく裁判所は特に除名の決議をなすに至つた除名の理由の如きは其当否の判断を組合の自主性に一任すべきである。仮りに裁判所に於て其の除名の理由に付て審判することを得るものとすれば除名理由として次の如き理由を挙げ得る。除名決議の直接の動機としては既に前記の「烽火」第十一号の記載事項及それを配付した行為であるが昭和二十三年三月二十五日の臨時総会の実相より推して其原因は既に以前より底流している諸多の事項が此の「烽火」第十一号の組合として黙認し難き事実の発現によつて遂に最頂点に達し組合員一人々々の已み難き決意をなさしめたものである。即ち、申請人等は日本共産党自働織機細胞又は青年共産同盟の名に於て

一、壁新聞による無責任なる組合の批難攻撃

二、「烽火」「誓」等の発行配布による組合の批難攻撃及び煽動

三、組合員の各機関及び会合を通じて「組合の政治活動は自由である」又は「組合員の政党支持は自由である」等の美名の下に申請人等が行へる組合活動と政治活動との混同

をなし来つたのであり、昭和二十二年十月十三日申請人等が最初に発行せる壁新聞による日本共産党自働織機細胞の「趣意書」(乙第五号証ノ一参照)によれば申請人等が意図する処が奈辺にあつたかは明かである。此趣意書の中に於ては先づ

第一に組合員が民主的に自由に無記名投票で選んだ組合幹部を「組合ボス」と称し組合員と組合幹部との離反を策するものであることは明かであり尚組合員の自由なる選択を恰かも誤謬なるかの如く宣伝し組合の撹乱を企図し

第二に「組合ボスは此のニクムべき資本家の意図を陰蔽するに大童であり又其の手先となりて組合の全機構を挙げて御用化せんと図る」と無根の事柄を恰かも事実であるかの如く掲載し組合の撹乱を企図している。

第三に「一切の障害を排除して闘ふことを宣言するものである」と闘争を宣言しているのであるが其対象は何であるか、言ふ迄もなく趣意書の掲載事項より推して申請人等の所謂「組合ボス」であり組合員により真面目に自由に選ばれた組合幹部である。

尚注目すべきは申請人等が被申請人組合の幹部の要職にあり乍ら何故にかかる宣伝を敢てしたか。それは申請人等は組合幹部であるが他の幹部のみが恰かも「組合ボス」たるかの如く組合員に信ぜしめることによつて他の幹部の権限を剥奪し申請人等の権限と力の増大を企図したに外ならぬ。又、申請人等は組合幹部として組合の民主的な審議に又決議に参画し乍ら其決議を尊重することを廉しとせず民主主義の大原則に反し執拗に反対の主張を続行し、此趣意書発表以来屡次の壁新聞等によつて被申請人組合の決議の遵守と協力を欠いて来たものである。

申請人等の行為行動は既に之のみで組合規約第三十七条に牴触するものであつて、更に昭和二十三年三月十五日事実の歪曲捏造より成る烽火第十一号が配布されたのである。而して被申請人組合が申請人等七名を除名したのは申請人川澄鐵夫を除く六名は日本共産党員にして日本共産党自働織機細胞に属しおり共産党細胞は常に共同的連帯的行動を採りおり申請人川澄鐵夫は日本共産党員に非ずと称するも共産党の運営しおる日本青年共産同盟の一員なるのみならず亦自働織機細胞にも属しおり以上七名も加はつて共産党細胞会議に出席し烽火第十一号の発行に参画したるによるものである要之、申請人等の為して来た諸多の事実は除名理由を構成するに充分であると陳べた。(疏明省略)

理由

被申請人組合は申請外会社の従業員を以て組織する労働組合であり申請人等は昭和二十三年三月二十八日迄組合員同年五月六日迄従業員であつたこと、被申請人組合に於ては給与改正案を作り申請人等主張の日時主張の如き経緯の下に代議員会に於て飲食費の百分率を七十%、給料は全員時給制とすること、スライド制は採用しないことになり給与改正案は全体として承認され同年三月十三日午後三時半及同年三月十五日午後四時から支部会に附議することとなつたこと申請人等(但川澄を除く)が日本共産党員で日本共産党自働織機細胞に属していること、右細胞の機関紙として「烽火」が発行せられており其第十一号が同月十五日組合員に配布せられたこと、烽火第十一号には「改正案にはスライドと云ふことが全然考慮されていないのである考慮していないと云ふことは賃上を今後やらないと云ふことであり賃金ストツプを組合が実施すると云ふことに外ならない」「生活給のインチキ」なる字句を含む記事が掲載されていたこと、代議員会は同月二十八日申請人等が右烽火第十一号の編輯に関係あるものとして其行動は被申請人組合の統制を紊し組合の決議に反し組合の団結を乱すものとして組合規約第三十七条、第一、二 四号に該当する故に申請人等を除名する決議をなし同月三十日被申請人組合は申請人等に口頭で除名を通告したことは本件当事者間に争ない。

仍て被申請人組合の為した申請人等七名を除名する旨の決議は無効なりや否やにつき考察するに、成立に争なき疏乙第一号証同第三号証(疏甲第二号証ノ一と同じ)証人久米佐一の証言により真正に成立したものと認める疏乙第四号証申請人多田要次の供述により真正に成立したものと認める乙第五号証の一乃至八、証人河橋弘、久米佐一の各証言被申請人組合の代表者鈴木堯雅訊問の結果を綜合すると叙上烽火第十一号に記載してある事実は同年三月九日、十日、十一日及十三日の四日間を申請人組合の代議員会に於て慎重審議し絶体多数を以て可決せられた賃金改正案の内容と吻合しない事実を歪曲曲解した記事であつたから被申請人組合監事原三十一が同年三月十六日執行委員会に摘発したことに起因し其後被申請人主張の如き順序により主張の如き方法手続きを経て主張の如き除名理由ありとし主張の如き多数決を以て結局同年三月二十九日代議員会に於て申請人等七名を組合規約第三十七条第一、二、四号に該当するものとして被申請人組合より除名することに決定し次いで総会を開催し代議員会の右除名決議を発表しその確認を得たこと並右除名決議の手続は規約に基き自主的合法的になされたもので毫も違法の点なきことを認めることができる。申請人等は給与改正案は代議員会の決議のみでは未だ確定案に非ず支部会や総会の承認を経た後始めて確定案となる従つて確定前に批判の記事を掲載するも組合の統制を紊すものでないから右除名決議は無効であると主張するが疏乙第一号、証人河橋弘の証言、被申請人組合代表者鈴木堯雅訊問の結果によると賃金改正案は代議員会の決議事項に属するのみならず従来の慣例よりするも代議員会限りに於て決められていたことが認められるから申請人等の主張は失当なるのみならず既に前段説明の如く其記載事項が批判の範囲を逸脱し事実を歪曲し徒らに攻撃を目的とするが如く解せられる以上之に基き除名せられるるも已むを得ない。

次に除名原因は申請人等七名につきありや否やにつき審究するに烽火第十一号編輯につき申請人多田要次が執筆したることは同人訊問の結果により明である同人を除く他の申請人六名につき其責任ある事は申請人等代理人の極力争ふところであるが前段乙第四号証、申請人多田要次訊問の結果により真正に成立したものと認める乙第五号証の一乃至八、証人河橋弘、近藤正男、久米佐一の各証言、被申請人組合代表者鈴木堯雅訊問の結果並本件弁論の全趣旨を綜合し更に之に斟酌するに疏甲第三号証を以てするときは昭和二十二年六、七月に亘つて行はれたストライキ以降申請人側は組合機関の重要なる地位を追はれてからは現組合幹部と対立攻争を始め同年十月頃よりは日本共産党自働織機細胞の名義で壁新聞により組合幹部及組合の施策を批判攻撃し以て組合幹部と組合員の離間策を講じ本件給与改正案の審議に当り其主張が容れられないと、ここに烽火第十一号を作成し申請人等之を配布したところ三月十七日の代議員会に於て其責任の追究にあふや烽火第十一号は細胞会議で決めたことであるから細胞会議に計つた上見解を述べるとか又烽火第十一号編輯発行の共同謀議者の名簿提出方要求せられると細胞会議の決議によると冒頭し名簿提出の件は書面による要求がなければ出せない、烽火第十一号は細胞全員が関係しているからと謂ひ責任者を明にしないのみならず申請人等は其主張を執拗に支持し目的貫徹に努めたるも結局其非を認めて之を取消したること更に又烽火第十一号は右細胞会議にて発行することとなり申請人等も右細胞会議に参加したことを推認するに足る叙上認定に反する申請人多田要次堀内力の各供述部分は輙く之を措信しない従つて被申請人組合の代議員会に於て申請人等七名につき除名理由ありと認めたることを是認するに足る疏明充分なる故申請人等代理人主張は之を採用することができない。

次に被申請人組合の為した申請人等除名決議は憲法第二十一条に違反する無効のものであるかを考へるに憲法に於て言論出版の自由が保障されていることは申請人等主張の通りであるが其の論じたり又は記載したことにつき責任を負ふべきものなることは素より当然のことにして既に前段に於て認めたる如く烽火第十一号の記載事実は真実に副はざる虚偽の事実を記載し組合規則に違反した言動に出でたる以上被申請人組合が自主的合法的な手続を経て其責任を追究し延ては組合規約に基き申請人等を除名処分に附したる以上之を以て憲法に違反したる無効なるものと断定することはできない。申請人等の此点の主張も遂に認容するに足らない。

更にポツダム宣言一〇によれば「日本国政府は日本国国民の間に於ける民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障害を除去すべし言論宗教及思想の自由並基本的人権の尊重は確立せらるべし」とあり又一九四六年十二月十八日極東委員会定例会議に於て発表され全日本労働組合組織に関する十六原則の十一項には「労働組合の役員並に常任委員会は関係労働者により秘密投票並に民主的方法によつて選出せられることを要する組合役員は総て正規の一定期間内に民主的に選出せられ且其活動は総て民主的に行はれることが労働組合の責任である」と宣言せられているが如上認定の如く申請人等の各所為が組合規約に違反するから之に基き自主的民主的合法的手続に於て多数決により本件除名処分を為したものと云ひ得るから申請人等代理人の此点に関する所論も亦其理由ないものと謂はねばならぬ。

以上説示の如くであるから申請人等の本件仮処分申請の理由とするところは孰れも採用し難いから本件申請は之を却下し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

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